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仙台高等裁判所 昭和35年(ネ)313号 判決 1961年12月12日

控訴人 鈴木常之助

被控訴人 村上文平

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次に記載する事項を除くほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

被控訴代理人は控訴人の後記主張事実を否認すると述べ、控訴人は、仮りに被控訴人の息子村上定夫が被控訴人に無断でその名義を冒用して本件消費貸借および抵当権設定契約をしたとしても、被控訴人は昭和三五年七月二五日これを追認したから、右各契約上の責を免れないと述べた。<証拠省略>

理由

原判決添付の別紙目録記載の本件各不動産が被控訴人の所有であり、右各不動産につき被控訴人主張日時、その主張の内容の各抵当権設定登記がされたことは当事者間に争いがなく、土地抵当権設定登記申請書(甲第一号証)、委任状(甲第二号証)、印鑑証明願(甲第三号証)、金銭消費貸借契約書ならびに抵当権設定契約証書(乙第一号証)、受領証(乙第四号証)の各存在とその記載、原審および当審証人村上定夫の証言、原審での被控訴本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人の息子村上定夫がパチンコ営業資金を得るため、昭和三四年七月六日ごろ被控訴人に無断でその印鑑と本件各不動産の権利証を持ち出し、次いで三本木町役場から被控訴人の印鑑証明書の下付を受け、これを用いて同年七月一〇日被控訴人の借り主名義を冒用して控訴人から三〇〇、〇〇〇円を、弁済期昭和三五年一月九日、利息年一割八分の約で借り受け、かつ右債務を担保するため本件各不動産につき抵当権を設定して翌一一日その旨設定登記を経由した事実を認めるに十分である。もつとも、乙第五号証(念書)には、定夫が前示消費貸借および抵当権設定契約をするに際し、被控訴人から代理権を与えられていた旨の記載があるけれども、定夫は原審で右各契約は被控訴人に無断でしたものであることを明確に証言しておりながら、右念書にはこれと全く相反する記載があり、しかも右念書が作成されたのは、本件が当審に係属後の昭和三六年二月四日であるばかりではなく、当審証人村上定夫の証言によれば、定夫が右同日控訴人から別途に二〇、〇〇〇円を借り受けるに際し、控訴人から同人自ら作成にかかる右念書を示され、これに署名押印することを求められたが、弱みのある定夫にしてみれば右要求を無下にも断り切れないまま、心ならずもこれに応じて署名押印した経緯がうかがえるから、右乙第五号証の記載はとうてい措信し難く、その他控訴人の提出援用する全立証をもつてしても、右認定を覆えし、定夫が前示各契約を締結するにつき被控訴人から代理権を与えられていた事実を認めることができない。

次に、控訴人は、被控訴人は昭和三五年七月二五日定夫のした右各行為を追認した旨主張するので、この点について判断するに、定夫のした前示消費貸借および抵当権設定契約は、被控訴人の代理人としてしたものではなく、ほしいままに被控訴人名義を冒用してしたものであることは前認定のとおりである。およそ、行為者が他人のためにする意思を有せず、単に他人の名義を用いて自己のために意思表示をしたときは、他人の氏名冒用の問題であつて代理の問題ではないから、後日本人がその行為者のした行為を追認しても、無権代理の追認に関する民法一一六条の規定はただちにそのまま適用がない理であるけれども、取り引き安全保護の点からいえば、当事者間だけではもちろんのこと、さらに進んで第三者に対する関係でも、これに不利益を及ぼさない範囲では、追認によつて本人のため右意思表示の効力が生ずるものと解して妨げなく、したがつて、この場合結局無権代理の追認と選ぶところがないから、同条の規定を類推適用すべきものと解するのを相当とする。

ところで、被控訴人が定夫のした前示各行為を追認したとの控訴人の主張に添う原審証人吉田清、加藤甚三郎、当審証人加藤円治の各証言部分は後記証拠に照らしたやすく措信し難く、なお乙第六号証(念書)には、定夫が被控訴人の相続財産に対する遺留分を放棄し、その代わり被控訴人が定夫のした前示各行為を追認した旨の記載があるけれども、右念書はさきに乙第五号証について述べたと同様の経緯で作成されたものであることは当審証人村上定夫の証言によつて認められるから、右記載も前同様の理由でとうてい措信し難く、かえつて、前記証人加藤円治の証言の一部および当審証人村上利雄の証言によれば、被控訴人は控訴人の請求に対し、定夫が無断でしたことであるからこれが責任を負うわけにはいかないと終始強硬に拒否して来たのであつたが、村上利雄を仲に立てて控訴人との間に数次交渉を重ねるうちやや態度が緩和し、今までの遅延損害金全部を免除し、かつ貸し付け元金を三年間の年賦払いとし、遅延損害金の率をさらに減ずるならば、定夫のした前示消費貸借および抵当権設定契約を追認するもやむを得ないと提案するに至つたが、控訴人は即時貸し付け元金および遅延損害金全額の支払いを主張して譲らなかつたため話し合いがつくに至らず、結局被控訴人は定夫のした前示各契約を追認しなかつた事実を認めるに十分であり、その他控訴人の提出援用にかかる全立証をもつてしても、追認に関する控訴人の主張事実を認めることができない。それゆえ、控訴人の右主張は採用できない。

してみると、本件消費貸借および抵当権設定契約はいずれも無効であることが明らかであるところ、控訴人はこれを有効であると争うので、被控訴人が前示消費貸借に基づく債務の不存在確認を求める即時確定の利益があり、そして、右抵当権設定契約を登記原因とする本件各抵当権設定登記は、実質上物権変動がないのにされたものであるから無効であることはもちろんであり、したがつて、控訴人は被控訴人に対しこれが抹消登記手続をする義務のあることが明らかである。

よつて、被控訴人の本訴請求はいずれも正当としてこれを認容すべきものであり、右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので、民訴三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 石井義彦 佐藤幸太郎)

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